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日経:防災の日−特集企画1999

1999/08/31
日経産業新聞 防災の日特集記事
建築コンサルタント・建築家 一級建築士 市村克明  
明日1日は防災の日 日常からの備え重要
被害額1兆円超える年相次ぐ

六千人を超す死者・行方不明者を出す大惨事となった阪神・淡路大震災から四年七ヶ月。その記憶は次第に風化しつつある。しかし、八月にトルコで起きた大地震では犠牲者は既に阪神淡路大震災の二倍を超え、テレビが映し出す映像は大地震の恐ろしさを改めて思い知らせることになった。

明日九月一日は防災の日。一九二三年に被災者百五十万人以上という大惨事となった関東大震災の悲しい記憶を忘れないための日である。この日を機会に、災害に強いまちづくり、万一の場合の被害を極力小さくするためには何が大切なのかを考えてみよう。

発生後の被害を抑制 地震の完全予知は困難

台風の常襲地帯であるうえ、地震・火山活動の活発な太平洋プレート境界である環太平洋地震帯・火山帯に位置する日本は自然災害を受けやすい。毎年、自然災害によって尊い人命や財産が失われている。

国土庁の防災白書九九年版で最近の自然災害の状況を見ると、昭和二十年代には台風で大きな人的被害を受けているが、三十年代には大型台風の上陸が減り、治山・治水などの国土保全事業の進展で人的被害は減少してきている。

しかし、平成に入り大型台風の相次ぐ上陸、雲仙岳の噴火、阪神・淡路大震災など、甚大な被害を引き起こす大規模災害が発生している。防災白書によると自然災害による被害額が一兆円を超える年が相次いでおり、まさに「天災は忘れたころにやってくる」ことを示している。

大地震は、その予知が可能かどうかの議論があるが、少なくとも完全に予知することは現時点では難しいだろう。台風などとの大きな違いがここにある。

しかし、発生そのものの抑制は不可能としても、発生後の被害をできるだけ小さくするには「備えあれば憂いなし」の言葉通り、常日ごろからの最悪の事態を想定しての準備が必要である。

神戸市内に住む筆者の友人が「日ごろから災害について家族で話し合いを持つなど、ある程度の備えをしておいたので、震災の時も落ち着いて行動できた」と語っていたが、まさに平常時の準備が最悪の事態にも有効であることを示しているといえよう。

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防災に強いまちを造る
住民の合意が大切 オープンスペースを確保

東京に仮に直下型地震が発生した場合、少なくとも十五万人の死者と八十兆円の物的損害が発生、都心周辺の木造家屋が密集する住宅地は火の海となるという見方もある。東京が壊滅してしまうと懸念する向きも多い。

生活環境や防災の面で環境悪化が著しい市街地において災害に強いまちづくりを進めるには、細分化した敷地を広く統合し、不燃の共同建築物に建て替え、併せて街路、広場、緑地などの公共施設とオープンスペースを確保して、安全で快適な都市環境を再生することが不可欠である。

こうしたニーズに対応して、まちづくりのマスタープラン的役割を果たす「市街地総合再生計画」や、地域内の関係者のまちづくり活動を支援する「まちなみデザイン推進事業」、それらの整備方針に基づき事業を実施する「市街地再開発事業」「優良再開発建築物整備促進事業」などの多様な補助金制度が用意されている。

しかし再開発の主体となる組織づくりとなると簡単には進まない。民間の市街地再開発は主として組合と個人による施行となるが、木造密集住宅地域の場合、地区内の権利者が市街地再開発組合を結成して施行する。しかしこの組織づくり、言い替えれば地域住民の合意づくりには困難が伴うことが多いためである。

できることからやる 植栽など創意工夫で自衛

再開発事業を進めよういう地域には、幹線道路に面していて利用価値が高く個人的事業を考えている地権者もいれば、住み慣れた現在の環境の変化を望まない地権者もいる。自治会の呼びかけでまちづくりを考える勉強会を開こうとしても「勝手なことをするな」とう声が多くなる。

これを乗り切るには、どうコミュニティーをつくるか、あるいは地域住民のコミュニケーションをどう形成していくかが重要であるが、現実にはかなり困難な作業となる。

そこで考えられるのは、むしろ、既存建築物でも外壁に不燃材を使って防災機能を強化するとか、合板等で耐震補強するなどの細かな手段で自衛することである。

例えば、建築基準法四十二条二項に建築物は幅員四bの道路を確保することを義務づけているが、現実には四b未満の道路に面する建築物は数多い。これらの土地の再開発を待つとしても極めて長い時間を必要とする。それよりも、建築物の周囲に植栽することで防火の役割を果たさせるなどの工夫の方が安心できるまちづくりに短時間で効果を上げるだろう。

もちろん、地域住民の合意の下に再開発が進められれば、それにこしたことはない。しかし、合意取り付けが困難ならば、こうした方法も検討されるべきである。災害対策は自分で自分を守ることであり、時間との勝負でもある。そのためにはそれぞれの創意工夫が重要だからだ。

本格的再開発がなかなか進まないならば、「できることからやっていく」という姿勢も、災害から個人・まちを守る有力な手段といえる。

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防災対策は総力戦、地震に強い建物を造る
強度高め粘り増す耐震改修 木造住宅の補強進む 診断で工事の優先順決定

災害対策は人命を守り、財産を守るものである。それを守るものが建物であり、地震に強いビル、住宅を建設することが重要な災害対策となる。

既存建物の耐震性を強化するには内部補強、外部補強などの方法があるが、いずれも強度を高めることと、建物の「粘り」を増す方法である。内部補強では構造部材の断面積の増加、耐震壁の増加、ブレースの増設、柱の補強などである。

建物の内部を補強するために、補修期間中は建物を使用できない、建物の平面が変わってしまうこともあるなどの難点はあるが、内部を直接工事するために改良は容易である。特に最近は、使用しながらの補強方法がゼネコン各社によって開発され、各地で展開されている。

外部補強は建物の周囲に一定の空間が必要だが、学校や病院など周囲の空間を利用できる建物も多い。柱、はり、スラブ、鉛直・水平ブレースなどを既存の建物から張り出し、外部に新しい架構を心棒のように構築するので、内部はそのまま、居ながらにして工事が可能である。これらの耐震性強化のポイントは可能な限り既存建物の耐震性を引き出すことである。

木造住宅の耐震改修も進んでいる。東京・世田谷区の「既存建物耐震補強研究会」の例を見よう。この会はゼネコン、大学の研究室と協力しながら、木造住宅の耐震改修を進めている。

耐震診断は簡易診断、精密診断、総合評価の三段階に分かれ、現地調査によって基礎土台回り、床下天井裏の調査を行う。木材については含水率の測定も入念に行う。

これらは写真やビデオで記録される。精密診断では耐力壁の計算、柱、はりの検討、床、屋根の剛性、接合部の強度、偏心率などが診断され、総合評価される。

これらのデータに基づき補強計画が提示されるが、ユニークなのは、補強工事の部位と方法、さらに工事項目一つ一つに分けて見積もりが提示されることだ。木造戸建住宅の補強工事では、「一式幾ら」といった見積もりが提示されることが多いが、この工務店では部位ごとに見積もりを出すわけだ。これによって建物の所有者は、建物の最も弱い部分から優先的に順次、改修することができる。

研究会によると、建築後、二十―三十年経過した建物であっても、土台回りや接合部の補強、耐力壁の補強で十分強度を増すことができるという。

こうした建築物の耐震診断は工務店が行うことも多いが、特に今後重要な役割を果たすと考えられるのは地域の建築士事務所協会などである。建物はその土地の特色に合わせて建築される。その土地の状況を最も正確に把握しているのが地元の建築士であるからだ。

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免震構造の採用増える
既存建物用の開発進む フロアの縦揺れ対応も増加

免震構造は「地震動による建物の揺れをできるだけ小さくコントロールする装置を持った構造物」と定義される。耐震構造は簡単に言えば丈夫な建物をつくり、建物が地震で倒壊しないようにすることだが、免震構造は地震のエネルギーが内部に伝わるのをある程度遮断して内部の家具や備品の倒壊・破損を防ぐ。

耐震構造は建物は残っても内部の家具などは倒壊するが、免震構造は内部をも守る。阪神・淡路大震災でも、神戸市内の免震構造の建物が無損傷であったため、震災後は免震構造の建物が急増している。

ゼネコン各社によって様々な工法が研究、実用化されているが、現在の主流は基礎部分と上部の構造部分の間に地震エネルギーを吸収する装置を入れて建物へ入る地震のエネルギーを小さくする方法だ。

免震構造はアイソレーターとダンパーというメカニズムを使うのが一般的である。 アイソレーターは押されたときにエネルギーを吸収、戻るときにエネルギーを放出する。バネのような役割を果たしており、激しい震動を緩やかな周期の震動に変える。さらにダンパーによって揺れを吸収、建物に加わる震動を軽減してしまう。

実際に導入したある病院の例では、地震時の建物内部の水平方向の揺れは、地盤の揺れに対して二分の一から三分の一にとどまった。この結果、入院患者の精神的不安感や機材の損傷を防ぐ上で大きな効果があったという。

免震装置は建物の基礎と上部の建物との間に設置するのが多かったが、最近は建物の中間層に柱に免震装置を設置する例もある。さらに新築時だけではなく、既存建物でも設置する「レトロフィット」も各社の研究が進み実用化されている。最近では個人木造住宅の基礎にも免震構造を取り入れるところも出ており、免震構造は今後一段と広がりを見せるだろう。

免震構造の導入に当たっては、建物の周囲に対応するスペースが十分に設けられる必要がある。当然、設備関係の配管も変形に追従できるように十分余裕を持って設計、配管は免震継ぎ手とするなどの配慮が必要だ。ポリエチレン管など、耐震性の高い部材を使う必要もある。免震構造では建物と地盤が別の動きをするときに配管が破断する懸念があるからだ。電気・電話ケーブルなども十分にゆとりを持って配線しておかなければせっかくの免震構造も生かせない。

免震構造は振幅の大きな建物の横方向の揺れに対して効果を発揮することが前提だ。しかし、震源に近い場合などは縦揺れが発生する。このためOA機器、病院の医療器具など揺れを嫌うものを守るには縦方向の揺れに対する対策も検討しなくてはならない。

このため最近は建物全体ではなく、一定のフロアやフロアの一部分だけを縦方向の揺れから守る「三次元床免震システム」を導入するビルも多くなっている。建物全体は免震構造で横揺れに対応、コンピュータールームなどは縦揺れにも対応できるようにして、被害を最小限にとどめようと言う考えだ。

地震に対して強い建物をつくるのは構造の問題だけではなく、部材まで含めた全体の問題として考える必要がある。防災対策はまさに総力戦で進まなくてはならないからである。

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防災基地施設の整備推進
災害の恐ろしさを擬似体験 初期対応の行動学習 入館者全員に参加促す

国土庁では、九五年度までは防災基地建設モデル事業、九六年度以降は地域防災拠点施設整備モデル事業により、全国的に防災拠点の施設の整備を推進している。通常は住民に日ごろの防災対策の心構えなどをアピール、具体的な救助用品などを展示するほか、万一の場合は災害対策本部として救助体制の司令塔となる。

その一つ、東京・目黒区の目黒区防災センターでは、施設内の「地震の学習館」で、起震装置による地震体験、煙の中を走って逃げる煙体験などで入館者に災害の恐ろしさを疑似体験してもらい、災害時の正しい行動を覚えるコーナーを設置するなど、ユニークな活動を続けている。

「地震の学習館」のテーマは@大地震の恐ろしさを知るA都市災害とは何かを知るB災害予防・初期対応のしかたを知る――の三点。さらに、これらを単に知識として得るだけではなく、体験学習してもらうのが大きな特色だ。「通常、この種の施設は、入館者が展示物を見るだけと言うことも多いが、ここでは、全員が参加・学習してもらうことになっています」と塚田修防災課長。

例えば入館者は、個人で入っても必ず二十人ほどのグループを作り、グループごとに説明員の説明を聞かなくてはならない。また、起震装置などの体験施設には必ず乗って、震度を体験することになっている。消火器を使っての初期消火体験も全員が体験する。

そして最後にはそれまでの学習の総仕上げとなる「サバイバルゲーム」で、地震に遭った時に、これまで学習したことがきちんと生かされているかどうかのテストまである。「入館者を見ていると、ファミリーでの来場者が多い」(塚田課長)といい、防災意識の高まりに自信を見せている。

指揮系統を集中 スムーズな協力体制確立

規模・運営方法は異なるが、このような施設を建設する自治体は多い。東京近郊の保谷市でも国の補助を受けて保谷市防災センターを開設している。

保谷市が防災センターの建設に踏み切ったのは、同士の防災関連情報施設が市役所本庁内に分散していたため。万一の場合に指揮系統を集中しておくことが必要と判断した。

防災センターは市役所本庁舎の南側に位置し、災害対策本部室、防災関係機関連絡室、防災情報室、防災展示ホールなどで構成する。「応急対策活動の審議、決定をする司令塔」(富所利之防災課長)と位置づけているため、防災展示ホールは小型の設備で、起震装置による体験コーナーなどはない。

しかし、映像情報システム、クイズ形式による防災対策Q&Aなどで、防災への意識を高めることができる。さらに、防災センターは保谷市保健福祉総合センターとの合築施設で、庁舎内には市医師会、市歯科医師会事務所なども同居している。非常時には「これらとの緊密な連絡が可能」(富所課長)で、スムーズな協力体制ができることが特色だ。

防災センターに隣接して市民ホールの「こもれびホール」もある。緊急時には情報を求めて市民が集まったり、ボランティアが集合したりすることが予想されるが、そうした場合にも集まりやすく、宿泊場所にもなる。

もちろん、ここに紹介したほかにも、こうした施設を持つ自治体は数多い。自分たちが住む市町村がどな設備を持っているかを理解し、非常時への対策をしっかりと把握しておくためにも、日ごろから見学して勉強しておくことがいざというときには大きな力になるだろう。

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緊急時の管理体制確立・経済団体がマニュアル
危機管理の専門家育成にも力

災害による被害を最小限にとどめるには日ごろの対策が重要である。企業では緊急時の管理体制をどうするか、連絡体制をどう確保するか、個人では緊急用の水、食糧を備蓄しておく、避難路を確認しておくといった対策を講じておけば、万一の場合には被害を食い止める大きな力を発揮する。

神奈川県経営者協会は、企業の防災対策を目的に防災問題研究会を組織、防災体制の強化や防災管理者育成に力を入れている。同時に地域住民である企業として緊急時には何ができるかを研究、独自の防災マニュアルを作成するなど、経済団体としてユニークな防災活動を展開している。

マニュアルでは企業の対策として@危機管理委員会を設置、専門部署を決めるA経営トップを責任者とするB職場ごとにリスクポテンシャル(危機要因)を洗い出し、社内の共通認識を持たせる――などを挙げている。

さらに、C予想されるダメージのランク付けをして、対策をとるDビジュアルな危機管理マニュアルを整備するEシミュレーションプログラムによるイメージトレーニングを実施するF危機管理の専門家の育成を図り、企業内遊軍として客観的な監視をさせる――などが重要だと、神奈川県経営者協会の防災マニュアルは指摘している。

神奈川県経営者協会では、神奈川県が今年七月、県内の地震被害想定を見直したため、新しい想定に基づき、企業ごとに対策を修正するなど、さらにきめ細かい防災対策を進めることにしているという。

無線など連絡網確保 顧客や従業員の安否確認

企業にとって緊急時の情報をどう確保するかは重要な問題だ。顧客や従業員の安否の確認、生産設備の確認など、緊急に進めなくてはならない。阪神・淡路大震災では電話回線の損傷や通話の殺到によって回線がつながらず、安否の確認に手間取った企業も少なくない。

そうした事態を避けるために、日ごろから移動無線システム導入なども検討しておきたい。携帯電話では、一対一の個別通信しかできないが、一斉通信も可能なことも強みである。自治体などではぜひ導入しておき、活用したいシステムである。

自分で守るが基本 2―3日分の水や食料備蓄

もちろん家庭でも消火器を備えておく、非常持ち出し品を準備しておくなどの、ある意味では当たり前のことが重要である。例えば防災袋では保存食、医療用品、ラジオ、懐中電灯などは定番品といえる。

さらに最近では、電気・ガスなどを使わないでも熱源となる携帯用発熱体、お米をとがずにご飯を炊ける簡易炊飯袋なども登場し>?ており、これらもぜひ防災袋の中に常備しておきたいものの一つになる。

万一の時にはすぐに全国各地から支援物資が送られてくる。食糧などを大量に持っている必要はないが、「自分で守る」という防災の基本からすれば、飲料水などは三日分程度は確保しておくことが必要だろう。

水に関連しては、万一の場合の消火用水、生活用水として、風呂は常に水を張っておくなど、細かなことも重要な対策になる。

そして、企業はもとより家庭においても、緊急の場合にどう対処するか、常日頃から話し合っておくことが大切だ。例えば、避難場所はどこか、連絡体制はどうするかなどをあらかじめ理解していれば、避難時の混乱を防ぐことにつながる。

防災対策は総力戦である。大は再開発で災害に強いまちづくりを進めることから、企業・家庭でのちょっとした工夫に至るまで、あらゆる手段を使って押し進める必要があると言っていいだろう。古くから言われる「備えあれば憂いなし」が防災の基本であることを、改めてかみしめておきたい。

・以上は新聞記事原稿であり版権は日本経済新聞社に帰属する。