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執筆講演 - 建築コラム

日本歴史の再認識が必要です・・・日本建築史も大いに学ぶべし!私も含めた現代日本國の人々は戦後の教育を受けて育ちました。米国の間違った歴史観によって・・・


日の本の栄えを祈る老い人の 学ぶ歴史を若きに伝へむ 丁酉春 克明 わかうどのさきさふ御代をいのりつつ 散りて朽ちなむ枯れし木の葉と 詠人 岡村愛一先生
敗戦後、今ではもう昔々~70年以上前になりました。私も歳をとりましたが・・・幕末から明治時代にかけて、日本は亜細亜の国々のように西欧列強の植民地にならないために近代化を急ぎ、大変な努力をしました。幕末維新の内戦も日本人の優しい心でつつみ込んだのでしょうか?

平和になって、経済復興も成し遂げ、敵国である米国のおかげもあり米国に次ぐ経済成長を遂げました。そして今まで世界平和の為に多くの経済援助をしてきました。このような快挙が出来たのも戦後生き残った父母たち世代の努力のたまものなのでしょう。私たちや子ども孫たちの繁栄も、戦陣に散った多くの人たちの上に築かれています。決して忘れてはなりません。靖国神社問題も中国韓国からの抗議のみならず日本國民の一部からも出ている事は悲しむ事ですし、私には理解出来ません。日本人として悲しむべき事です。今後も先人の魂には素直に優しく接し向き合う必要があります。政治的信条とは関係ないと思います。元々宗教の問題ではないのですからね~日本人は無宗教者ではなくもっとも信心深い民族なのです。ご先祖さまを祭る素晴らしい民族です。神道、仏教、聖教等~年中の行事に対応しています。特に年末から正月にかけては神様たちは大忙しです(笑)。そう思いませんか?私はそう思います。

私は子どもの頃、父母の実家に出入りしていましたが、名門であった両家は当時の住宅は江戸時代からの住宅でした。父方の住宅は関東には珍しく京間の寸法です。母方は八幡太郎義家の六男で内海大学の守が元で、嫁にやった家が平将門家だとか?源氏平氏双方に関係があったとのこと(笑)・・・まあ、母はいつも自慢話ししていましたが、小学生の頃、私は母方の先祖の石碑を壊したのを覚えています。たぶん、そのせいで私だけが劣等生なのでしょうね(笑)。
今はご先祖さまには感謝し手を合わせていますが、既に遅かったかもしれませんね~

東海大学工学部建築学科での4年間を通じて・・・
建築学科は松前重義総長が、建築家山田守先生に任せました。山田先生の設計でほとんどの校舎も出来ました。先生は大正時代の分離派建築運動で活躍した有名な建築家です。世界中の有名な建築を見て回り大学の校舎が出来ました。特に湘南校舎は世界中の有名な建築の宝庫と言えるのではないでしょうか。日本らしさはありませんが~ 皆さんご存じの京都タワーや日本武道館は山田守先生の設計です。

今も昔も、大学での建築史の授業は近代現代建築史が中心です。西欧のデザイン技術を導入した建築界、「お雇い外国人」建築家コンドルをはじめその弟子たち日本人建築家たちが日本建築界に影響を与えました。東京駅をはじめ今も残る多くの建築物は西欧の建築の影響を受けています。昔の日本の建築はほとんど継承していません。

外国人建築家ブルーノタウトの「日本美の再発見」での伊勢神宮、桂離宮、各地に残る民家などの素晴らしさの絶賛は多くの日本人建築家は理解していません。日本の近代現代歴史を学ばないのと同じく建築の日本の建築史は埋もれたのでしょうか?悲しむべき事です。

私は世界的な建築家 フランクロイドライトが好きですが、彼が米国人でありながら日本を理解し日本建築を好んだからかもしれません。

正月には國旗を掲げ、和室の床の間には日本のあけぼのの象徴の掛け軸を掛け花を生け、日本酒を飲み、百人一首のかるた遊びを行い、庭や空き地では駒廻しや羽根つき、凧揚げをするのですが、その光景も少なくなりました。
私は住宅の設計では、床の間付きの和室を設ける事を提案しています。建築の中での日本の文化伝統を守れる一助となればと思うからです。和室があれば、日本の年間行事がスムーズに行われるのではないかと思うし、上座下座などの秩序も自然に会得出来、和服や食器、置物も含め日本の伝統文化が理解出来るからです。事務所ビル等の設計にも神棚の設置場所を提案しています。
これからも日本の良さを世界に知っていただきたいと思いますし、日本のより良き建築に携わっていきたいと思います。
今からでも遅くはありません。日本建築の歴史を学び、日本建築の良さを継承し、世界の建築界に知らしめて欲しいです。