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市村克明の趣味

詩歌と音楽は人生最大のよろこび、「琴棋書画」をバランスよく楽しませんか!

ヨハン・シュトラウスの音楽

ウイーンの森の物語

音楽、それは私にとって素晴らしい友であり恋人である。音楽のない世界など誰が想像出来るであろうか!しかも人間完成は音楽によってなされると言ってもよいのではないか。

詩に興こり、礼に立ち、楽に成る

「ワルツ王」と呼ばれたヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauss Jr.)1825〜1899。 美しき青きドナウ、ウィーンの森の物語などの曲はおなじみで親しみやすいが、ワルツやオペレッタなど500曲以上の作品を残した。「ワルツの父」といわれたヨハン・シュトラウス1世の長男としてオーストリア・ウィーンに生まれる。幼少のころ父に音楽家になることを反対され、隠れてバイオリンを学んだという話は有名。19歳で自分の楽団を結成、社交舞踏会で自作の曲を演奏し、父の楽団と競争するほどに成長。1849年に父が死んだ後は、両楽団を統合してヨーロッパやアメリカへの演奏も行い名声を高める。1999年には没後100年を記念し世界各国でコンサートが開かれた。

中学生になってまもなくの頃、友人と見た映画に、ヨハン・シュトラウスを主人公にした「ウィーンの森の物語」があった。恋愛映画であったと思うがとても美しい映像と華麗な音楽には魅せられた。たちまち虜になりレコードを買い求めたのをおぼえている。その後、ファンになったというよりは、ウィーンの森の物語などの曲は私の生活の一部になったと言っても過言ではない。建築の設計をする時には彼の曲を聴き、酒の友としても彼の音楽は切り離せない。設計の重要な事柄の決定、特に初期の発想の段階には彼の曲は必ずと言っていいほどあらわれる。もちろん酒もだが(笑)。モーツアルト、メンデルスゾーンも良いが私にとってはやはりヨハン・シュトラウス。50年以上の付き合いであるが今後もずっと続くであろう。

和歌と漢詩

和歌

和歌は王仁(わに)博士が四世紀末に論語、千字文とともに日本に伝えたと思われる。その後、万葉集、古今和歌集、新古今和歌集など、人々の秀歌を集めた名作が編集された。現代人にとっては短歌を和歌と言ってもよいであろう。五・七・五・七・七のリズムや百人一首などは日本人にとってはなじみ深いものとなっている。和歌を知らずして日本語の美しさを理解する事は難しいであろう。私は和歌を知る最善の策は万葉・古今・新古今を繰り返し読み、そして自分で歌を詠む(つくる)ことであると信じている。また日本人であれば誰でも出来るし詠むべきであると思う。あまり技巧に走らず素直な気持ちで詠めばよいと思う。感性をより磨くための一つであると思う。

和歌と同じく重要なのが漢詩である。中国では科挙の試験科目でもあった。杜甫、李白あるいは長恨歌など、いくつかは知っているのでは。ただし漢詩は厳密には平仄、韻など規則に従わねばならず日本人にとっては難しい。日本人の漢詩で平仄などをまもって創られたものは数少ない。中国人の毛沢東でさえ、間違っている詩があるのだから日本人はあたりまえかも(笑)。私も大学生の時から創っているが完璧(自分での評価)なのは数詩しかない。推敲を重ねるのに数年を要することもある。やはり日本人には和歌である。

孔子と論語

孔子

論語は日本人にとっては七十年前までは必読書であった。論語・孟子・大学・中庸の四書のひとつで最も重要な書物である。戦後、アメリカの占領政策により日本人は骨抜きにされた。論語抜きによって・・・! 今こそ論語の重要性を再認識すべき時である。内容は深いが子供にもわかるように語られている。しかし実践するとなると大人でもむずかしい。論語の素晴らしいところは誰にでも分かり易く語り、しかも比較検討することによってより深く考えさせることである。孔子はそれぞれの弟子によって一見、異なった答えをしているが、それがまた人間らしい良いところである(笑)。論語の言葉は神のことばではない。思いありのあるやさしさをもった孔子そのひとの語りなのである。

感性とやさしさについて

少林寺拳法写真

人間にとって大切なのは人に対するやさしさ、ひろくは全てのものに対するおもいやりをもつことであろう。これを磨く方法は、自然を良く観察すること、その美しさに素直に感動することであろう。私は建築に従事しているが自然の美しさよりも美しい建築を未だかつて見たことがない。もちろん自身の設計した建築も含めて(笑)。学ぶべきものは天然である。人の創りしものではない。自然の美しさに感動すること、その感動を素直に表現すること、それこそが情操教育であろう。大いに磨こうではないか!
人に対するやさしさとともに必要なのが自分自身に対するきびしさではないか。

春風をもってひと(他人)に接し秋霜をもって自らを戒む

自身に対するきびしさ、それを会得する近道は武道を修行することではないか。私はそう思う。苦行をすることではない。「武」はホコを止める、の意味である。武道を修行することは強さを得るとともに他人を「ゆるす」ことの出来る人間に成長するのではないか。私は中学校時代は剣道、高校時代から少林寺拳法を修行してきた。特に高校大学時代の日々は少林寺拳法とともに過ごした毎日であった。

「男は若いうちに打て」鋼<ハガネ>のように強く柔軟に。日本人の理想の男性像「桃太郎」気はやさしくて力持ち、男前ならもっとイイ(笑)。

女性は次代を担う「こども」を育てる認識を持ってほしい、そのためには和歌、音楽、童話、昔ばなしなど、こどもと直に愛情を持って接し語ってほしい。日本の将来は婦人の中に潜めり!良妻賢母、いや賢妻良母にもなって欲しい。

男女ともにお互いの役割分担を理解し「相和し、相たすけ、相譲り」理想郷を創ろうではないか。